小説を書くときの道標【奇跡のレッスン「小説 重松清氏」】

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小説を書くときの道標【奇跡のレッスン「小説 重松清氏」】

「子供たちが小説を書く」

その先生としてきたのが重松清氏。身近な人間関係をテーマに書いた小説は、子供から大人まで、幅広い世代に共感されている直木賞も受賞している人気作家です。(「ナイフ」「 AGE」「ビタミン F」「 十字架」「ゼツメツ少年」など)

その小説完成に向けてのコーチング、伴走ぶりが素晴らしく、自分も小説を書くとしたら、こういう順番で考えていこうと思えたのでブログ記事に記録しました。

<身近な世界から行動範囲を徐々に広げて観察して想像する>

<学校>身近ないつもの行動範囲の中(学校)を観察する。学校だけど自分の通っていた学校とは違うところ。気がついたこと、面白いなぁと思ったことを写真に収めて説明する。

<公園>行動範囲の中(公園)を観察して、名前をつけて、よくある公園ではなくて、特別な公園にする。15少年漂流記の島で少年たちが一番初めにやったことは、いろいろなところに名前をつけた。

<商店街から駅>大人とも出会う商店街から駅に向かって歩いて行って観察を広げる。

<自然豊かな風景>自然豊かな緑地に行って、インターネットが苦手な匂い、手触り、音など、実際に感じることをして目だけではない観察をしてみる。

<人との繋がり関わり違いモヤモヤを感じる>

<グループ>学校と公園。年齢バラバラにグループで観察して意見を出し合う

<ペア>商店街と自然。二人で話をしながら観察をしていく。自分が感じていることを相手に伝える。なんでもいい。自分が今感じていることを話、相手が感じていることを聞く。同じ景色を見ていて違いに気がつく。

<自分一人>自分の内面と向き合うのは一人。インプットしてきたことをアウトプットしていく。

<自分と向き合って思っていることを言葉にする>

テーマは「〇〇の小さな大冒険」
    条件① 主人公は身近な人にする
      ②最後は明るい言葉で終える

子供でも大人でも、思っていることを100%言葉にするなんてできない。そのギャップが一番大きいのが思春期の子供達ではないかと重松清さんは語ります。

重松さんは、親の仕事の都合で小学校を4回転校して、環境が変わるたびに周りの状況を敏感に感じるようになったといいます。吃音があり思ったことを言葉にするのが難しかったが、作文はどもらすにスラスラと書くことができたので楽しかったといいます。

今回、この仕事の話が来た時に、子供たちに小説を教えるのは難しいから断わろうと思っていた時に病気になって、そのことがきっかけで引き受けたといいます。

「大きな大冒険じゃなくてもいい、いつもとは違うことをしたことで何かと出会ってください。」と重松先生は話していました。

奇跡のレッスンで小説家 重松清氏の進める順番で考えたら、書くことが出来るか

レッスン1 学校。身近な場所で違いに気が付く観察力と考える力を身につける

何人かでグループを作ってカメラ一つを持って学校の中を探検します。自分の学校とは違うところを見つけて写真に収めてくるように指示を出しました。子供たちはさまざまな写真を収めて来たようです。

TVアンテナの写真

昭和の時代にはどこの家庭にもアンテナがついていました。ケーブルテレビが増えるとテレビのアンテナはいらなくなります。昭和のテレビのアンテナには、カラスがよくとまっていました。そういう風景がこれからなくなります。こういうことは、小説の描写のディテールになります。今までも、失われた風景があるということです。

職員室から全ての教室につながる電話

職員室から全ての教室に電話が行くようになったのは、大阪で刃物を持った男の人が学校に乱入してきた事件があった頃からです。危ないことが起こったら、すぐに職員室に連絡がいくように、職員室からすぐにどこの教室でも連絡ができるようになりました。街の人が学校に足を踏み入れることも無くなりました。痛ましい事件が起きれば起きるほど学校というものが町の人たちと自由に行き来して、地域の人が遊びに来ることができなくなっていきます。

点字ブロックの写真

もう一歩踏み込んで考えてみましょう。点字ブロックは目の不自由の人のためにあります。じゃあ、その点字ブロックの上に物が置かれていたらどうだろうか。自転車が置かれていたらどうだろうか。そういうことを考える想像力、そういうのが小説を書く時に必要になってくるんだよと重松先生は子供たちに教えていました。

小説を書くということは、自分以外の人のことを考えて想像する

小説を書くということは自分以外の人のことを考える想像するということだそうです。自分にはこう見えているけれども他の人にはこんなふうに見えているらしい。自分の見方が全てではないのです。自分の見方だけが当たり前でも、他の人から見たら当たり前ではないんだということを理解する、想像する、そういう視点を描くことが小説です。

レッスン2 公園。小説はアウトプット。そのためにインプットというストレッチをして頭をほぐしておく

外に出て公園に行っていました。

十五少年漂流記の地図を渡され、島に漂流した時に少年達が最初にやったことは名前を付けることだったと重松先生から教わり、公園を観察してそれぞれに名前をつけていき、最後に公園全体の名前をつける課題が出されました。

ブランコって言ったら世界中のみんなが共通してイメージができるブランコだけれど、みんなが名前をつけたらそれはたった一つのブランコになります。名前で呼ぶっていうことはその人の人間性と言うかキャラをちゃんと認めるということで、人間だけではなく、物にもそうやって特別な場所にしてあげることができます。

名前を上手に決めていったグループがいました。
きのこの集会所、マカロニブランコ、鉄板坂。次々と想像力が湧き出てきて名前が出てくると、食べ物やキッチン周りが多いことに気がついて、残りの名前はキッチンに寄せていこうと世界観を決めて、そこに当てはめていっていました。

初めに世界観を決めて、そうして名前をつけていくと、想像しやすいのです。

会話をするグループや会話ができないグループ、名前の付け方もうまくいかないグループやリーダーが話を促してあげて小さい子達が話をたくさんして名前を付けられるグループなど、様々です。

だけど、それでいいのだと思いました。みんながみんな上手にコミュニケーションを取れるわけではありません。

おしゃべりな人ばかりが人との関わりを大事にしているとは限りません。人を尊重するからこそ、黙って話を聞いて相手がやりたいようにしたいように話したいように話したくないように自由にさせてあげるのもまた優しさです。それがいいと思ってやっている人はストレスがありませんが、積極的に自分から話をするのが人との正しい接し方だと決めている人は自分の良さがわからずにこんな自分じゃダメだとストレスになっている人もいます。本当は長所なのにね。

明るくて元気でたくさんしゃべってコミュニケーションを取ってそういう人に憧れる気持ちを分からないでもないだけどそれだけがいいわけではありません。誰もが、そういう人だけがいい人だとは思っていません。静かによく考えている人や怖がりな人は、失敗が少ないです。明るく元気な人は失敗したことをすぐに忘れます。責任は自分にはなかったと思うことも得意です。だから、失敗していないように見えるのです。失敗を恐れない、そして忘れる人は、個人的には大事な仕事は心配で信用できない時もあるけれど、明るさは周りも明るくしてくれて気持ちを軽くしてくれます。

生徒の家族を交えての懇親会

重松先生は、夏休みの貴重な時間をお子さんたちを借りていますとお礼をから始まり、言葉というものを好きになって皆さんの元にお返ししたい、大人も子供も思っていることを100%言葉にできるはずがないが、そのギャップが一番大きいのが小学生中学生だと思うこと、自分が小説を書いている理由は40年前のモヤモヤを解消しているというのが半分40年ぶりに決着をつけいると言っていました。

重松さんは1963年生まれ岡山県出身、子供の頃からずっと悩んできたのは吃音でうまく話せないというのが大前提にあり、今でも緊張して自分押さえて話しているから話せているのであって、緊張のリミッターを外してしまうと今でも吃音が出てしまうそうです。

早稲田大学教育学部では文芸雑誌早稲田文学の編集に関わる事になって、そこで出会ったのが芥川賞の他の中上健二氏や立松和平氏。第一線で活躍する人たちをみて、自分には文学をやる才能がないと思ったけれど文学に携わる仕事がしたいと出版社で編集者をして、その後フリーライターを経験。様々な人たちと出会って人間ルポルタージュが評判となり、小説を書いてみないかと周りに言われてビフォアランという長編デビュー作が出たのが1998年。小説家としてやっていけるのかと思いながら書いた一つの短編「カラス」が転機となったといいます。

バブルが崩壊して上にいた奴らが下に落ちてきた、そいつらは下の者達に敵を見るだろうそう思って、実際にそういうことがあって、それを小説に書いてみたそうです。その時にはじめて、そういう風に書いている小説家はいなかったし、その方向で書いていくという自分の居場所を見つけたそうです。

不登校の少女のお母さんが「本人は将来看護師になりたくているが今は不登校高校に行くかどうか悩んでいるのでその良いアドバイスを頂けたら」との発言に重松さんの回答はこうでした。

「15歳や16歳で決断したことが人生を決めてしまうと思う小物はもったいないと思う。
人の気持ちは変わるし社会は変わる。
初志貫徹は素晴らしいことだけれどそれにこだわりすぎるのはもったいない。
最短コースのあゆみかたももちろん大切だけれどもそれだけじゃない。
それだけじゃないということを知るためにも、いろんな物語を読んだりいろんな人を見てほしい
なと思います。」

それを受け、少女は、こう話ました。

「回り道が駄目なことだとは思ってない。文章でそういうことを読んだことはあったから。だけど、実際に面と向かって喋っている人を見たのは初めてだったので、泣きそうになった」

レッスン3 商店街。身近ではない大人や知らない人と出会う場所を観察してインプットする。

戸越銀座商店街を向井駅まで、電車が来るまで必ず待って、いろんなものを見ながら行ってくださいとの課題。
重松氏が選んだペアで商店街を歩きました。

1回目が学校、2回目が公園。子供たちの行動のフィールド内だったので、3回目は商店街とフィールドの外に広げて、大人達がいる空間の中で面白さを感じてほしいとの願いが込められていました。

店の上に住居があって、そこの住んでいる人が多い商店街ならではの作りに気がつく子供もいました。

駅の改札口を観察している女の子は、乗り込む人は大抵みんな右足からだと話し出します。一緒にいる子は驚きすごいを連発します。言われた女の子もまんざらではなさそう。

商店街は夕方の忙しい時間帯、降っていた雨もあがりました。

重松氏が語ります。

「もう雨は大分止んできているから傘を持っていない人も増えてきてるよね」

「傘持ってる人は長旅してる?」

「そう朝から歩いてる人はみんな傘を持っている。長靴だったら、雨が激しい時に外にいたんだろうなと想像できる」

「サンダルの人は最近出てきた人」

「そうそう、雨が止んでから出てきた人だね」

想像できてきたようです。

人と話をするのを怖がっている女の子。勇気を持って話しかけています。

八百屋さんの前で、「野菜は何が好きですか?」

「とうもろこし」

「雨は好きですか?」

「雨は好きです」

一生懸命話しかけています。

「物事にはいろんな見方があって、いろんな人がいる。いろんな考え方がある。そんないろんな考えを自分の中にたくさん持っている人が作家的な人なのかもしれない」と、重松氏は語っていました。

レッスン4 生田緑地。風景や音、匂いなど、インターネットの苦手を感じて言葉にする。

自然豊かな緑地。鳥や蝉の鳴き声にあふれています。

重松氏からの言葉で散策が始まります。

「風景もしっかり書いた方がいいと思うからここにきました。葉っぱがこんなふうに茂ってとかそういうところも見ながら歩いて行ってください。」

亀を見つけた男の子。池の中に浮いている、ゆっくり動いている亀をみて、男の子に重松氏質問します。

「どんな名前がいい?」

「ゆっくりポン!」男の子がすぐさま答えます。

みんなで移動したあと、商店街を歩いた時と同じペアで自然の中を散策します。

重松氏が、インターネットに苦手なものはなんだと思うか尋ねます。

「匂い?」

質感。雨上がりの緑っぽい匂いとか土の匂いとか。自分で感じるそれが一番大事だよと話しています。

「四つ葉のクローバーとか見つけたことないんだけど」「私もない」「私は幸せじゃないのかしら」「そのうち見つかる。そのうち見つかる」二人の距離が少し縮まってきたペアもいるようです。

「紅葉しかけてるね」「夏から秋への変わり目」「草のふわっとした感じ」「インターネットでわからないところを小説で書きたいね」子供たちが話しています。触って、匂いを嗅いで、雨上がりの公園を散策しました。

体いっぱいにインプットしたら次はアウトプットの番です。子供たちはそれぞれ決意を語ります。

レッスン5 初めに流れを考える。冒険のなめには何かが起きる。何もしないと何もおこらない。

テーマは「〇〇の小さな大冒険」
    条件① 主人公は身近な人にする
      ②最後は明るい言葉で終える

いよいよ本格的にゴール目指して書いていきます。

一人一人先生と面談をして、具体的にその話はどう展開してゴールすればいいのかという話をしていました。自分で書くときは自問自答なのでしょう。

課題は「小さな大冒険」。大きな冒険ではなく、いつもとはちょっと違うことをしたことによって何かと出会ったり、何かが変わったりするという小説を書くこと。主人公は身近な人にすること。最後は元気な言葉で終わること。

子供たちは、学校と公園を散策したあと、最初の一週間で書いた小説を重松氏に提出しています。
箇条書きであらすじさえ決まっていない子もいれば、すでにだい書いている子もいます。

一番多い子は原稿用紙16枚。優しさについて書きたいと言う女の子でした。
日常的な中での事件とか私でもあり得ることを書いている重松氏のファンでもあります。

優しさがテーマ

小学校からの親友が主人公で、小学校の時にあったいじめのことを書きます。
重松氏は、大した理由もないのにいじめるポスをギャフンと言わせようと提案しますが、女の子は優しさを書きたいので主人公に復讐させたくはない様子。

いじめの部分が物語のまだ半分で、大半のテーマではないということを知った重松氏は、少女が今悩んでいるところを聞いていきます。

「優しさはつながるっていうテーマにしたいから、いじめをどこまで書いたらいいのかが分からない」
「それなら、いじめをこと細かく書くよりも優しさを書こう。優しさがテーマならその事を書いた方がいいので、いじめよりも優しさの方をたくさん書いてってほしい。大丈夫だ。」と提案し、それを聞いた本人の納得した様子です。

面談ををするときに、重松氏は、まず子供たちに「よく頑張ったね」と声をかけて褒めていました。これは勉強になりました。やろうとしている気持ちを無くさせないことが大事ですものね。良くしようとするあまり、ついついダメ出しをして否定的してしまいます。重松氏の語る言葉を聞いて、日々自分が口から発する言葉を反省しました。

おしゃべりは得意だけど書くのが苦手な小学6年生の元気な男の子

おしゃべりは得意だけど書くのが苦手な小学6年生の元気な男の子の提出したものは1ページ四人のキャラクターだけで、ストーリーがありません。

重松氏は会話をしていきます。
「冒険は何やる?」
「四人はすごく仲が良くて一人の子が転校しちゃったんだけど」
「そしたらその四人の最後の日、もしも君だったら何をやる?」
「その子が好きだった場所とか、公園とかで遊ぶとか」
「公園!良いじゃない!その公園ってどんな公園にする?」
「ひっそりとした小さな公園で、子供もあんまりたくさんいなくて、滑り台の上とか下とかで会話したい。」
「冒険ぽくするにはどうする?」
「誰か一人をお母さんとかに縛られてるとか」
「おーーーーいいね!いいじゃん!」
「そしてお母さんの目を盗んで抜け出して、皆で揃って公園で遊ぶとか」
「できたじゃん。それいいじゃない。ストーリーできちゃたじゃない!」

話しているうちにストーリーが少しずつ見えてきました。合いの手が一つあるとするすると出てくることってあるんですね。言われた本人も俄然やる気です。

「いいね」とか「面白いじゃん」っていう合いの手が入るだけで物語は進んでいく、彼らの中には物語があると重松氏は語ります。それを引き出してあげられるなんてすごい人です。

不登校の内気な静かな落ち着いた女の子

主人公は引きこもりがちな妖精。学校いいけない自分が主人公です。人間界で悩みを抱える男性に出会います。妖精は誰かのために何かをしたいとは思っているものの、失敗することが怖くて結局行動には移せないまま、いつもただ見守っているだけです。

重松氏は質問します。「何が起きる?」
「何が起きる??」少女は答えます。
「何か起きないと、ただ見てるだけで終わっちゃうじゃん。今までだったらスルーしていたことをほんの少し勇気を持っていつもと違うことさせみたら?ちょっとだけ頑張ってやってみたで良いんだよ。大きいことじゃなくていいんだよ。」「やりたいです」

面談を終えた少女は夢中になって書いていました。そして、感想をこう語りました。

「とってもいいことを聞けました。すごく嬉しいです」

中学の終わりに不登校を経験した時に救っってくれた友達のライン

何事にも積極的な高校1年生男の子。実は中学校の終わりにいじめを経験して 友人が送ってきてくれた LINEが彼を救ってくれた。そのことを書いて、 過去に決着をして前に進もうとしているよう。終わりの言葉は「また明日」

「ぶくぶくってのは何?」
「そこからいじめにつながっていくんです」
「書くのがしんどくなったら、そんなに細かく書かなくてもいいと思うよ」
「本当は内輪の乗りみたいなもんだと思ってたんだろうなって、客観的に見えていて分かってるんですけど、だけど僕は傷ついてるって言う事は伝えたいたいんです。だけど、僕が伝えたかったのは、そこだけじゃなくて、不登校になってる人とか結構いるけど、 誰も信じられなくなってるかもしれないけど、自分の身近にも自分のことを思ってくれてる人はいるんだよっていうことを伝えたいんです。」
「いじめのディテールが細すぎて描写や言葉強いと動きがそっちにいってしまって、伝えたいことが伝わらなくなるんでその辺のバランスを考えて書いてください。」

面談の後の感想は「重松さんにだいぶ救われた」
まだ半年も経っていない過去の出来事を誰か何かを話したのは初めてだったようです。

重松氏の言葉です。
「小説にする意味っていうのはモヤモヤしたものを何とかして言葉で表現してみることです。優劣をつけちゃだめなんです。全肯定してあげること。人と比べたりこの子の方が上手い下手とかというのはしないんです。ここにあるって言うことがすごい。全部褒めてやる。それを出すお手伝いをする。それがコーチである自分の役目なんです。」

レッスン6 書く。ゴールに向かって、書きたいテーマで、進んでいく。ゴールする。

発表前日。子供達が集まってきて書いています。午後5時に締め切り。

前回、一番進んでいなくて、話だけでストーリーを作った男の子のもとへ行き話す重松し。
「早く公園に行かせろよ。主人公たちを公園で喋って遊ばせなよ。そしたら彼の別れの悲しみとか色々湧いてくるから。」

「よく書いたなお前の勇気だな」と書い終えた子供を褒めてやる重松氏。
「重松さんの応援のが良かった。頑張れよーと優しく声をかけてくれた。だから最後まで頑張れた。」

一番最後に完成した男の子は、ふらふらしていた。
自分と向き合うことがこんなに体力を使って脳が疲れることだと知った日だったのかな。

欠席だった体調を崩している女の子にTV電話をかける重松氏。小説は完成しているといいます。

「やった!やったじゃん!」と大げさに褒めていう重松氏。「明日会えること楽しみにしているよ。ちょっと待って、話したい人がいるみたい」
不登校を経験している男の子が話します。自分も不登校だったこと、心配して話しかけてくれる人がいることを知ってほしくてと。今度はペアで歩いた女の子を含めた女の子3人。これからも、書いたものを読み合いっことかしたいねって。いんな心配していたし話したかったようです。

全員が小説を完成させました。すごいことですね。

発表はプロの声優の人が読んでくれていました。

子供たちの小説はこちらに掲載されています。
(NHKさんに聞きたい。子供たちの小説としないで作文としたのはどうしてですか?)

まとめー小説を書くときの道標【奇跡のレッスン「小説 重松清氏」】

  • 身近なところから観察して考える癖をつける
  • 小さな勇気で主人公に冒険をさせる
  • 最後は希望のある言葉で終える
  • 全体のテーマを決める
  • 主人公は身近な人をモデルにする
  • あらすじを考えゴールの希望のある言葉に向かって書き進める
  • 考えたことを否定しないで全ての考えも過去も自分も肯定する
  • 自分と同じように他人の考えも全て肯定する
  • ゴールまで、褒めて励ます

「すべての言葉に自分がいる。渾身の物語。小説は人と人との繋がりを言葉にするもの。」

子供たちの小説を発表する前に重松清氏が語っていました。

小説は、何を伝えたいか決めてから書き出す。最後の明るい言葉のゴールに向かっていく。モヤモヤをスッキリさせて終わりたい。書きたいテーマをとことん考えて、登場人物を決めて、登場人物を動かし語らせて、テーマを伝えるために小説を書く。

一つの出来事に固執させるのではなく、伝えたいことにボリュームや言葉の重みもそこに持たせていくようにしないと、伝えたいことが伝わらない。

重松清さんの言葉一つ一つが重く感じました。

子供たちに小説の書き方を教えているのではなく、生き方を教えているように見えました。

全てを肯定する。応援して励まして、適切なポジティブな合いの手をうってあげたらスルスルと話が出てくることがある。応援して励ますのが大人の役割だと教わった気がしました。

NHKオンディマンドで今なら見られます。

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